「うちのICPは?」「基本、全業種ですね」
前職と、現職のIS Ops。性質の違う複数のホリゾンタルSaaSの現場で、この会話を何度も聞いてきました。誰も違和感を持たないこの一言のうちに、あとで会社を苦しめる問題のほとんどがすでに潜んでいます。
「絞る」は技術ではなく、覚悟の問題
「絞る」という言葉を、多くの人は技術的な作業だと思っています。データを見て、条件を書き出して、リストにする。でも実際には違います。ICPを決めるとは、狙う企業を選ぶことではなく、大多数の見込み顧客を「狙わない」と決める意思決定です。
ここで一つ、先に反論しておきます。「絞り込みなんて、市場調査とデータ分析の話では」と思うかもしれません。技術的には確かにそうです。ですが、絞り込んだ先で外れる9割の顧客を前にしたとき、経営会議で「その9割は追いません」と言い切れるかどうかは、分析の精度ではなく意思決定者の覚悟の問題です。分析だけが整っていて覚悟が伴わないICPを、何度も見てきました。
ホリゾンタルなプロダクトは、ホリゾンタルに売れるわけではない
「対象は全業種」という思い込みが最も根深い罠です。業種を問わないという設計判断自体は妥当でも、「だから絞り込まなくていい」にはなりません。プロダクトが業種を問わず使える設計であることと、実際の営業・マーケティングが業種を問わず同じやり方で通用することは、まったく別の話です。
汎用工具のドライバーは、どんなネジにも使えます。ですが、それを売る営業は「どんな現場のどんなネジで困っている人か」を具体的にイメージできなければ、誰にも売れません。プロダクトの汎用性と、営業の解像度は別のレイヤーにあります。業種という軸を外した分だけ、企業規模・拠点数・組織構造・決裁権限といった他の軸で、垂直SaaS顔負けの解像度を持たなければ、結局どこにも刺さりません。
ICPはTAM/SAM/SOMの「SAM」を決める条件そのもの
ICPはTAM/SAM/SOMのうち「SAM(現実的に狙う市場)」を定義する条件そのものです。「ICPを絞り込む」とは、理論上の市場規模(TAM)から「自社が本当に狙うべき企業群」を切り出す作業に等しく、SOM(実際に獲得できる範囲)が小さいとき、直すべきはICPではなく営業体制であることが多い——この整理を先に持っておくと、経営会議での議論が噛み合いやすくなります。
トップラインと健全な成長を混同しない
健全な成長とは、①定義した正しい顧客(ICP)に売れていること、②継続して使われていること、の両方を満たす成長です。ICPの外側への「なんでも売る」拡大でトップラインだけを伸ばしていても、この2条件のどちらかが崩れていれば、いずれ成長率そのものが頭打ちになります。トップラインだけを見ていると、この崩れはしばらく数字に表れません。
覚悟を後押しするのは精神論ではなくデータ
- 実績データでの検証が、捨てる覚悟の代わりになる
- 「勘で外す」のではなく「データが外れると言っている」という状態を作れれば、絞り込みへの心理的な抵抗は大きく下がります
- 絞りすぎもまた失敗
- 変数を積み重ねすぎると該当企業がほぼゼロになる「過学習」状態に陥ります。捨てる覚悟と、捨てすぎない歯止めは両輪です
問い
御社のICPは、最後にいつ更新されましたか。プロダクトが変わり、市場が変わっているのに、創業期に決めた定義のままになっていないでしょうか。もしそうだとしたら、それは営業の頑張りが足りないのではなく、絞り込みそのものが止まっているだけかもしれません。
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