「市場規模、ざっくりでいいので出してもらえますか」への向き合い方
経営会議で市場規模を聞かれ、その場の感覚で「数百億円規模です」と答えてしまう場面を、これまで何度も見てきました。その数字がどこから来たのか誰も説明できないまま、事業計画の前提として一人歩きしていく——GTM戦略は「どの市場で、誰と、どんな環境で戦うか」の理解なしには組み立てられません。ここでは事業計画やSTP整理の前提となる、市場理解の基本フレームを整理します。
TAM / SAM / SOM
市場規模を3層で見積もる手法です。TAM(Total Addressable Market=獲得可能な全市場)から、自社の提供範囲で狙えるSAM(Serviceable Available Market)、現実的に取れるシェアであるSOM(Serviceable Obtainable Market)へと絞り込みます。事業計画や投資家向け資料、新規事業の妥当性検証で使われます。
精度を上げるコツは、トップダウン(統計データ×比率で概算する)とボトムアップ(想定顧客数×単価で積み上げる)の両方で算出し、突き合わせることです。片方だけだと過大評価に気づけません。
ここで一つ、先に反論しておきます。「そんな厳密にやらなくても、市場規模なんてどうせ仮説では」と思うかもしれません。その通りで、TAM/SAM/SOMはあくまで仮説の精度を上げる作業であり、絶対的な正解にはたどり着けません。ただし、トップダウンとボトムアップという性質の異なる2つの仮説が近い数字に収束するかどうかは検証できます。この突き合わせをせずに片方だけの数字で意思決定すると、後になって「その前提、誰が確認したんですか」という問いに答えられなくなります。
TAM/SAM/SOMをトップダウンとボトムアップの両方で試算し、突き合わせるフォーマットです。
| 項目 | トップダウン算出 | ボトムアップ算出 | 採用値 |
|---|---|---|---|
| 記入例SOM | 記入例SAM×想定シェア3%=3億円 | 記入例想定顧客300社×単価100万円=3億円 | 記入例3億円(両者が近似、妥当性あり) |
3C分析とPEST/PESTLE分析
- 3C分析
- Customer(市場・顧客)/Competitor(競合)/Company(自社)の3視点で環境を整理する。GTM検討の最初の棚卸しとして、戦略の前提を関係者間で揃える目的で使う
- PEST/PESTLE分析
- Politics/Economy/Society/Technology(+Legal/Environment)の切り口でマクロ環境を分析する。規制産業への参入や、中長期の市場変化を予測する場面で使う
ファイブフォース分析(Porter)
業界の収益性を「新規参入の脅威」「代替品の脅威」「買い手の交渉力」「売り手の交渉力」「既存競争の激しさ」という5つの力で構造的に分析するフレームです。参入市場の魅力度を評価したり、防御戦略を設計する際に使います。市場が「儲かりそう」かどうかを感覚ではなく構造で判断できる点が価値です。天気予報が「なんとなく晴れそう」ではなく気圧配置という構造から予測するのと同じで、Five Forcesも「なんとなく良い市場」という感覚を、5つの力という構造に分解して検証するための道具です。
プロダクトライフサイクル(PLC)
製品・市場は「導入期→成長期→成熟期→衰退期」の4段階を辿るという理論です。段階ごとにGTM戦術は根本的に変わります。
認知創出が最優先
シェア獲得競争
防衛と効率化
撤退・収穫・リポジショニング判断
- 導入期
- 認知創出が最優先。教育型コンテンツ、アーリーアダプター向け訴求。価格はスキミング(高価格)かペネトレーション(低価格浸透)を選ぶ
- 成長期
- シェア獲得競争。チャネル拡大、差別化メッセージ、競合対策(バトルカード)の強化
- 成熟期
- 防衛と効率化。既存顧客の維持(NRR)、アップセル/クロスセル、セグメント細分化
- 衰退期
- 撤退・収穫・リポジショニングの判断。延命投資かEOL(End of Life)計画か
実務で特に重要なのは「今どの段階にいるか」の認識が営業・マーケ・プロダクトの間でズレていないかの確認です。ズレたまま施策を打つと、成熟期の会社が導入期の施策(教育型コンテンツ偏重)を続けてしまう、といったちぐはぐが起きます。なお、キャズム理論はPLCの「導入期→成長期」の移行を顧客タイプ視点で精緻化したもの、BCGマトリクスはPLCを事業ポートフォリオ管理に応用した派生形として位置づけられます。
SWOT・クロスSWOT・VRIO分析
SWOT分析(強み・弱み・機会・脅威の整理)は戦略オプション洗い出しの定番ですが、単なるリスト化で終わりがちです。強み×機会(攻め筋)、弱み×脅威(守り筋)のように掛け合わせる「クロスSWOT」まで行って初めて戦略導出に使えます。
さらに、洗い出した「強み」が本当に持続的な競争優位の源泉かを検証するのがVRIO分析です。Value(価値)/Rarity(希少性)/Imitability(模倣困難性)/Organization(組織活用力)の4基準で評価し、「強み」の水増しを防ぎます。
例えば、新規事業の企画会議で「うちの強みは営業力です」という主張が出たとき、VRIOで検証すると「競合も同程度の営業力を持っている(希少性が低い)」ことが判明し、実は差別化要因になっていなかった、というケースは珍しくありません。
よくある質問
- TAM/SAM/SOMはどの順番で算出すればいいですか
- トップダウン(統計データ×比率で概算)とボトムアップ(想定顧客数×単価で積み上げ)の両方を算出し、突き合わせるのが実務上の基本です。片方だけでは過大評価に気づけません。特にSOMは、営業・マーケの実行体制で本当に刈り取れる規模かを確認する必要があります
- ICPを絞り込むと、その分TAM/SAMは小さくなりますか
- はい。ICPを絞り込む行為はTAMから自社が本当に狙うべき企業群を切り出してSAMを確定させる作業に相当します。絞り込みすぎるとSAM/SOMが事業を成立させる規模を割り込むこともあるため、絞りすぎていないかの突き合わせも必要です
- 市場が同じでも、PLCの段階によって取るべき戦術は変わりますか
- 変わるとされています。導入期は認知創出、成長期はシェア獲得競争、成熟期は防衛と効率化、衰退期は撤退・収穫の判断というように、段階ごとにGTM戦術は根本的に異なります。今どの段階にいるかの認識が部門間でズレていると施策がちぐはぐになります
問い
事業計画に書かれている市場規模の数字は、いつ誰がどうやって算出したものか、今すぐ説明できるでしょうか。トップダウンとボトムアップ、両方の裏付けがあるでしょうか。それとも、一度出した数字がそのまま何年も引き継がれているだけでしょうか。