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「AIに受注率を聞くたびに、違う数字が返ってくるんです」

生成AIに営業データを渡して質問すると、それらしい答えが一瞬で返ってきます。ところが同じ質問を2回すると、違う数字が返ってくる。原因はAIの賢さではなく、AIに渡しているデータの「意味」と「計算」が決まっていないことにあります。そしてもう1つ、AIにどこまで触らせるかという「権限」です。AIに営業データを渡す前に整えておくべきことを整理します。

AIは、文脈を何も知らない新入社員

新入社員に「顧客の状況を調べておいて」と頼み、全社のファイルサーバーを丸ごと渡したらどうなるでしょうか。どれが最新の資料か、どの数字が正しいか、「アカウント」が何を指すかもわからないまま、それらしい資料をつくってくるはずです。良い上司なら、用語の説明、使う数字の決まり、見るべき場所、やっていいこととだめなこと、報告の仕方を先に渡します。

AIエージェントは、とても速くて、とても素直で、会社の文脈を何も知らない新入社員です。渡し方を設計しないと、もっともらしい間違いを高速でつくります。逆に言えば、基本編から分析基盤編までで整えた「数え方」は、そのままAIにとっての教科書になります。

計算:AIに計算させず、指標を選ばせる

AIに生のテーブルを渡すと、AIは質問のたびにテーブルを探し、結合を考え、条件を決め、SQLを書きます。そのたびに分母が変わり、結合で行が膨らみ、日付を取り違えます。セマンティックレイヤーは、指標の定義(分子・分母・条件・既定の日付)を機械が読める形で1か所に置き、BIからもAIからも同じ計算になるようにする仕組みです。AIは計算せず、決まった指標と切り口を選ぶだけになります。

ここで先に反論しておきます。「セマンティックレイヤーは実運用したら要らなかった」という声もあります。これは組織の段階の違いだと考えています。

段階0:指標の定義書を書く
すべての組織でやる。ここは飛ばせない
段階1:定義書を表やYAMLにして、AIに一緒に渡す
指標も使う人も少ないなら、これで足りることが多い
段階2:分析基盤のマート層で指標を計算しておく
BIが1つで、指標がそれほど多くない場合
段階3:セマンティックレイヤーの製品を入れる
BIやAIなど使う道具が複数あり、指標が多く、数字を間違えたときの損失が大きい場合

製品ごとに書式が違うという問題には、Open Semantic Interchange(OSI)という共通仕様の取り組みも進んでいます。ただし、どの製品を入れても、定義書と整ったマート層という土台がなければ効きません。

意味:どれとどれが同じかを教える

AIに「この顧客、解約しそう?」と聞いたとします。答えるには、製品の利用データ(テナントID)、SFAの商談(取引先ID)、請求の状況(顧客コード)を、同じ1社のこととしてつなぐ必要があります。人間の担当者は頭の中でつないでいますが、AIは教えられなければつなげません。ものの種類と関係、そして「どれとどれが同じか」を機械が読める形で決めたものを、オントロジーと呼びます。

同じ言葉で違うもの
営業の「アカウント」は会社、製品チームの「アカウント」はログインするユーザー。用語集には、紛らわしい言葉を必ず書く
違う言葉で同じもの
取引先・顧客・クライアント・テナントが別々に集計される。同義語の対応を書く
システム間のIDがつながらない
最も実務的な価値があるのはID対応表。法人番号を軸に、SFA・請求・製品のIDを対応させる

完璧な全社オントロジーを目指す必要はありません。用語集とID対応表から始めれば、AIに渡す価値の大半は得られます。

渡し方:問いに必要な分だけを、根拠を返す道具として

AIには、データを丸ごと渡すより、「指標を取る」「取引先の要約を取る」「先週から変わった商談を取る」といった目的別の道具として渡すほうが、安全で正確です。決まった定義と粒度でしか答えられないので、間違えにくくなります。

STEP 1
意味を渡す

用語集、ID対応表

↓
STEP 2
計算を渡す

指標の定義。AIには選ばせる

↓
STEP 3
構造を渡す

整えたマート層だけ。生のテーブルは見せない

↓
STEP 4
根拠を返させる

指標名・期間・いつ時点のデータかを必ず添えさせる

AIの答えが正しいかどうかも、答え合わせをします。正解がわかっている質問と答えの組(評価セット)をつくり、定義やデータを変えるたびに流し直します。

権限:人より狭い鍵束と、すべての行動の記録

AIは人間と違って、1日に数千件の操作ができ、読んだ文章の中の指示に従ってしまうことがあり、誰の依頼で何をしたかが曖昧になりがちです。だからAIには、人より狭い鍵束と、すべての行動の記録が要ります。

権限の広いAIに新人が質問すると、新人には見えないはずの他部署の商談を答えてしまうことがあります(混乱した代理人)。原則は、依頼した人の権限とAIの権限の、両方で許された範囲だけを使うことです。そのうえで、操作を取り返しのつかなさで分けます。

読む・下書きする
指標の取得、要約、メールの下書き。自動で任せてよい
内部の重い更新
金額・ステージ・担当者の変更、一括更新。予測や集計に影響するので、人が承認する
削除・外に出す
顧客へのメール送信、データの削除、外部への共有。必ず人が承認する

KOTOFORIO自身も、AIエージェントで業務を運用するときに、操作を段階に分け、顧客へのメールや外部への投稿は必ず人が承認する、外部から受け取った文章は「指示」ではなく「データ」として扱う、という形で権限を設計しています。

自己診断

AIに数字を聞くとき、AIはどのデータを見ていますか?
生のテーブルなら、質問のたびに違う計算になる
AIは、指標の定義を知っていますか?
知らなければ、毎回その場で解釈し直している
SFAの取引先と、製品・請求のIDはつながっていますか?
つながっていなければ、AIはシステムをまたいで答えられない
AIの答えには、いつ時点のどのデータかという根拠が付いていますか?
付いていなければ、正しいかどうかを確かめられない
AIは、SFAのデータを書き換えたり、メールを送ったりできますか?
できるなら、承認と記録の仕組みがあるかを確かめる

よくある質問

AIに予実の差異を説明させることはできますか
できます。ただしAIは、材料がなくてもそれらしく説明してしまいます。週次の写真・指標の定義・組織の対応表を先に整え、答えに根拠を付けさせる前提であれば、差異の分解の下書きを一瞬でつくってくれます
AIに予測の区分や完了予定日を更新させてもよいですか
おすすめしません。予測の記録は「誰が、いつ、何と言ったか」に意味があります。AIは提案までにして人が確定し、AIの提案も記録に残しておくと、AIと人のどちらの判断が当たったかを答え合わせできます

GTM全体でのAI活用の進め方はGTMにおけるAI活用の実務で扱っています。

シリーズ:営業データの「数え方」

  1. 1.基本編:6つの論点(顧客・商談・時間・お金・施策・指標)
  2. 2.応用編:組織・予測・価格・活動・利用データ
  3. 3.分析基盤編:設計図・点検・配管
  4. 4.AI編:AIに営業データを渡す前に(この記事)
  5. 5.運用編:権限・オーナー・入力・変更管理

問い

AIに同じ質問を2回して、違う数字が返ってきたことはないでしょうか。そのとき疑うべきは、AIの性能ではなく、AIに渡している「意味」と「計算」と「権限」が、人間のあいだでもまだ決まっていないことかもしれません。

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