「同じレポートなのに、部長と経営企画で合計が違うんです」
数え方を決め、分析基盤を整え、AIに渡す準備をしても、それを守り続ける仕組みがなければ、半年後には元に戻ります。見える範囲の違いで数字が変わる。定義の持ち主がいない。営業が入力したがらない。定義が黙って変わる。決めた数え方を、組織の中で守り続けるための4つの論点を整理します。
権限:見える範囲が違えば、数字も違う
Salesforceのレポートは、見ている人が見られるレコードだけを集計します。同じ「今期の受注合計」でも、営業部長が開けば自分の部だけ、経営企画が開けば全社の数字になります。共有ルールの設定が漏れていれば、経営企画からある部の商談だけが見えず、合計が少なくなります。会議で数字が合わない原因が、定義でもデータでもなく、権限だったということが起きます。
- 一番厳しい状態から、必要な分だけ開く
- 組織の共有設定を起点に、ロール階層、共有ルール、チームの順で開く。全部公開は楽だが、AIや連携ツールにも全部見えてしまう
- ロール階層を、権限と集計の両方に使わない
- 権限のための階層は浅くシンプルに、集計は受注時点の所属を商談に残して行う。兼ねると、組織を変えるたびに権限が壊れる
- 関係の種類も、権限の観点で選ぶ
- 主従関係の子は親の共有に従い、参照関係の子は自分で所有者と共有を持つ。集計のためだけでなく、誰に見せるかでも選ぶ
- 経営の数字は、全件が見える立場でつくる
- レポートに「誰の目線で集計したか」を明記する
オーナー:持ち主のいないデータは、必ず荒れる
マンションの共用廊下にゴミが落ちていても、誰も拾いません。みんなのものは、誰のものでもないからです。「受注率」や「商談のステージ」のように全員が使うデータほど、持ち主が決まっていないと荒れていきます。
- オーナー
- 定義を決め、変更を承認する。業務の責任者であって、ITの担当者ではない。役職で決め、個人名にしない
- 管理人
- 日々の品質を見て、直す・直させる。SFAの管理者やRevOps
- 実装担当
- 仕組みをつくり、動かす。データエンジニアや外部の支援者
- 入力者
- 正しく入力する。営業やCS
ズレが一番起きやすいのは、部署の境目にあるデータです。マーケと営業のあいだのMQLの定義、営業と経理・経営企画のあいだの受注から売上への変換、CSと経営のあいだの解約日の数え方。境界のデータは両側の合意で決め、記録する人を1人決めます。
外部の支援者は、決める人ではなく、記録し設計する人であるべきだと考えています。定義を外部が決めてしまうと、契約が終わったあとに誰も中身がわからなくなるからです。
入力:入力する人が得をする仕組み
多くの会社で、SFAへの入力は「上司に見張られるための作業」になっています。入力の手間を払うのは営業で、得をするのはマネージャーや経営企画です。このずれがある限り、データは最低限しか入らず、都合の悪い情報(失注や遅れ)ほど遅れて入ります。
- 減らす
- 自動取込、必須項目の最小化、AIが議事録から下書きし人は確認するだけ
- 返す
- 入力したら、次にやることの提案や会議資料が自動で返ってくる
- 組み込む(一番強い)
- 会議・予測・報酬の計算を、SFAの数字だけで行う。管理職から先に使う
- 評価とつなぐ(一番危ない)
- 入力率を評価に入れると、中身のない入力が増える。入力そのものではなく、成果の計算元をSFAにする
ここで先に反論しておきます。「入力しないと商談を取り上げる」のような強制で入力率を上げる方法もあります。ですが、短期的に入力率が上がる代わりに、悪い情報を隠す文化ができます。予測が楽観に偏り、予実のずれが期末に突然発覚するようになります。悪い情報を早く入れた人を責めないことのほうが、予測の質には効きます。
変更管理:定義も、時間とともに変わるデータ
サッカーで「来シーズンからゴールは2点」とルールが変わったら、去年の記録とはそのまま比べられません。過去を新しいルールで数え直すか、切り替えの日で線を引くか、しばらく両方を出すかを決め、全チームが同じ日から切り替えます。データの定義の変更も同じです。
何を・なぜ・いつから。その定義を使うレポート・テスト・連携・AIを洗い出す
オーナーが承認し、数え直す・線を引く・両方出すのどれかを決める
SFA・分析基盤・定義書・AIの評価セットを同時に
定義書に新しい版(変更日・前の定義・理由)を足し、テストで確かめる
- 選択リストの値は、削除せず無効にする
- 値を削除して別の値に置き換えると、過去のレコードの値まで書き換わり、過去の転換率が黙って変わる
- 定義の変更は、原則として期首に
- 期の途中で変えると、予算は古い定義、実績は新しい定義で数えることになり、予実が比べられなくなる
自己診断
- 同じレポートを営業部長と経営企画が開いたとき、同じ数字になりますか?
- ならなければ、権限(見える範囲)を疑う
- 「受注率」の定義を変えたいとき、誰が決められますか?
- 決められる人がいなければ、オーナーが不在
- 受注から売上への変換は、誰の仕事になっていますか?
- 誰の仕事でもなければ、境界のデータが宙に浮いている
- 営業会議では、SFAの画面を使っていますか?
- 別の資料なら、SFAは「あとで入れるもの」になっている
- 指標の定義を変えたとき、過去の数字はどう扱いましたか?
- 決めていなければ、去年との比較が気づかないうちに意味を失っている
よくある質問
- 定義を見直す場は、どれくらいの頻度で持てばよいですか
- 月1回、各オーナーが集まって変更をまとめて決める形が回しやすいと考えています。毎週のように定義が変わると、誰も最新の定義を知らない状態になります
- 権限の見直しは、いつやればよいですか
- 異動・退職の手続きに組み込むことと、四半期ごとの棚卸しの2つです。AIや連携ツールのユーザーも、棚卸しの対象に含めてください
Salesforceの共有設定の手順はCRM/SFA設計・運用の実務で扱っています。
シリーズ:営業データの「数え方」
- 1.基本編:6つの論点(顧客・商談・時間・お金・施策・指標)
- 2.応用編:組織・予測・価格・活動・利用データ
- 3.分析基盤編:設計図・点検・配管
- 4.AI編:AIに営業データを渡す前に
- 5.運用編:権限・オーナー・入力・変更管理(この記事)
問い
シリーズを通して扱ってきたのは、技術の話に見えて、実は「何をどう数えるか」を組織で決め、守り続ける話でした。数字の定義をめぐって会議が終わってしまう組織は、まだ決まっていない「数え方の合意」があるだけかもしれません。それを仕組みにすることは、人が数字合わせではなく、コトに向き合うための前提だと考えています。