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「受注率は30%です」「その分母、何ですか?」

営業会議で数字が合わず、議論が「どちらの数字が正しいか」で終わってしまう。SFAの相談を受けると、この場面に何度も出会います。原因をたどると、ほとんどはツールの設定ではなく、「何をどう数えるか」の合意がないことでした。営業・事業のデータで数え方が崩れやすい場所を6つに整理し、自社の状態を確かめる10の問いと一緒に共有します。

全体像:データモデリングは「数え方の合意」

データモデリングというと、テーブル設計やER図のような技術の話に聞こえます。ですが営業・事業のデータに限っていえば、中身は「何を1つと数えるか」「いつの事実として数えるか」を組織で決めて、それを守ることです。

ここで先に反論しておきます。「それはSFAの設定やBIツールの問題ではないのか」と思うかもしれません。ですが、数え方が決まっていない状態でツールを入れ替えても、ずれた数字が新しい画面に表示されるだけです。AIも同じで、数え方の合意がないままAIを入れると、もっともらしい、ばらばらの数字が速く出てくるようになります。

1
顧客の単位

誰を1社(1人)と数えるか

2
商談の粒度

何を1回の勝負と数えるか

3
時間とファネル

いつの事実として数えるか

4
お金の形

どの意味のお金として数えるか

5
原因と結果

手柄をどう分けて数えるか

6
指標の定義

その数字の意味を全員でそろえる

6つの論点は、どれも次の3つの原理の応用です。

粒度:この表の1行は何か
「生徒1人で1行」の表と「テスト1回で1行」の表を混ぜて足すと、同じ生徒を何回も数えてしまいます。設計を見るとき、最初に聞くべき質問は常に「この表の1行は何か」です
時間:今の状態か、出来事か、写真か
体重計の表示(今の状態)、毎日の日記(出来事の記録)、毎月の身体測定(定期的な写真)の3種類があります。SFAは放っておくと「今の状態」しか残しません
意味:その言葉の定義は1つか
「遅刻」が先生によって1分からだったり5分からだったりすると、集計が合いません。「受注」「顧客」「ヨミ」も同じです

論点1 顧客の単位:誰を1社と数えるか

B2Bでは「買うのは会社、動くのは人」です。契約とお金は会社の単位で動き、問い合わせや商談への参加は人の単位で起きます。さらに会社の上にはグループ会社が、人の上には部署があります。どの単位で数えるかで、顧客数も顧客あたり売上も変わります。

会社の重複
「株式会社ABC」「(株)ABC」が別の取引先になり、顧客数が膨らむ。社名の文字列ではなく、法人番号やWebサイトのドメインで名寄せする
既存顧客がリードとして入り直す
既存顧客の担当者が問い合わせると新規リードとして数えられ、新規の数字が膨らむ。メールドメインで既存の取引先と照合する
「顧客数」の定義が揺れる
見込み客や解約済みまで含めて数える人と、契約中だけを数える人がいる。取引先の種別を定義し、顧客数は契約中だけと決める

論点2 商談の粒度:何を1回の勝負と数えるか

勝率・平均単価・リードタイムは、どれも「商談の数」で割った数字です。つまり商談の粒度は、営業指標ほぼすべての分母です。基本のルールは「1商談=1つの『買う』という意思決定」。同じ決裁者が同じ時期に判断する範囲を、1つの商談にします。

新規・アップセル・更新が混ざる
更新の勝率が9割、新規が2割なら、混ぜた勝率は良く見えても新規開拓の実力は見えない。種別を必須にし、指標は種別ごとに出す
金額の意味が混ざる
年額の商談と3年分の総額の商談が並ぶと、単価を比べても意味がない。標準は年額換算と決め、総額や初期費用は別の項目で持つ
失注した案件を作り直す
復活した案件を新しい商談として作ると、失注1件と新規1件が増える。元の商談を開き直すか、新しく作ってリンクするかを決めておく

論点3 時間とファネル:いつの事実として数えるか

営業会議で聞かれるのは「先月と比べてどうか」「どのステージで落ちているか」のような、過去との比較です。ところがSFAの画面に見えているのは、ほぼ今の状態だけです。

転換率にも2つの数え方があります。「今月商談化した数÷今月入ったリード数」という期間ベースは、分子と分母が別の人たちなので、100%を超えることすらあります。「9月に入ったリードのうち、その後商談化した割合」というコホートは正確ですが、最近のコホートは途中経過なので低く見えます。速報は期間ベース、施策の判断はコホート、と使い分けます。

上書きで過去が消える
「先月末時点のパイプライン」が再現できず、見込みの変化を説明できない。週次のスナップショットを今日から撮り始める。写真は撮り始めた日より前には戻れない
完了予定日の先送りが見えない
毎月「来月受注予定」の同じ商談が残り続け、パイプラインが実態より大きく見える。最初の完了予定日と変更回数を項目で持つ
データ移行で作成日が消える
旧システムからの移行で全レコードの作成日が移行日になり、リードタイムもコホートも壊れる。移行時に元の作成日を引き継ぐ

論点4 お金の形:どの意味のお金として数えるか

3年で300万円の契約なら、受注額は300万円、ARR(年間経常収益)は100万円です。同じ契約なのに数字が3倍違います。そしてもう1つ大事なのが、「商談は変化、契約は状態」という区別です。商談はARRが増える出来事で、契約はある日にどれだけのARRがあるかという状態です。ARRは商談を足し上げるのではなく、その日に有効な契約から数えます。

更新を新規として足す
更新の金額をそのまま受注に足すと、ARRが二重に増える。本当に増えたのは更新前との差額だけ
解約・縮小が記録されない
解約は商談にならないのでSFAに入らず、ARRが右肩上がりに見える。解約も「ARRが減る出来事」として記録する
いつからARRに入れるかがぶれる
受注日で入れる人と利用開始日で入れる人がいて、月ごとのARRが合わない。計上のタイミングを1つに決める

増減を「新規・拡大・縮小・解約」の内訳で持てるようになると、「ARRが計画に届かない」の原因が新規不足なのか解約増なのかを分けられます。詳しくはARR純増のイシューマトリクスで扱っています。

論点5 原因と結果:手柄をどう分けて数えるか

1件の受注までに、複数の人が、広告・ウェビナー・展示会・営業訪問など複数の施策に触れています。施策と商談は多対多の関係です。これを何も考えずに結合すると、関わった施策がそれぞれ受注額の全額を自分の成果として数え、合計が受注総額の何倍にもなります。

1つの項目だけで評価する
リードソースなど1項目だけで見ると、最初か最後の施策しか評価されず、間で育てる施策が無価値に見える。配分ルールを決め、合計を100%にする
人と商談がつながっていない
施策との接点は「人」に、受注は「商談」に紐づく。商談に関わった担当者(決裁者など)が登録されていないと、接点を受注に結べない
接点を因果と取り違える
参加者の受注率が高くても、もともと買う気の高い人が参加しただけかもしれない。データでわかるのは接点まで。効いたかどうかは実験や「何がきっかけでしたか」という自己申告で補う

アトリビューションの集計方法は分析・アトリビューション・ダッシュボード設計で扱っています。

論点6 指標の定義:その数字の意味を全員でそろえる

「受注率」には、受注÷(受注+失注)、受注÷すべての商談、受注金額÷商談金額など、いくつもの数え方があります。論点1〜5で出てきた「定義を決める」を1か所にまとめ、全員と機械が同じように読めるようにするのが論点6です。

1つの指標につき、名前・目的・計算式・対象範囲・粒度・時間・データの出どころ・責任者の8項目を書きます。抜けやすいのは責任者です。定義を変えてよい人が決まっていないと、部署ごとに定義がばらばらになります。

同じ名前で違う中身
営業部と経営企画の「受注率」が違い、会議が数字合わせで終わる。定義は1か所で計算し、レポートの中では計算しない
定義の変更履歴がない
途中で定義を変えたのに、去年と今年を並べて比べてしまう。定義そのものも時間で変わるので、変更日と旧定義を残す
分母を操作される
勝率を上げるために、負けそうな商談を作らない。勝率と商談数のように、対になる指標をセットで見る

自己診断:10の問い

自社の状態を確かめる問いです。それぞれ「○ 定義があり、SFA上で出せる/△ 定義はあるが人によって違う、または手作業でなら出せる/× 定義がない、または出せない」で判定してみてください。

問1(顧客の単位)「顧客数」と言ったとき、どこからどこまでを数えていますか?
赤信号:「SFAの取引先の数です」(見込み客や解約済みも含まれている)
問2(商談の粒度)「1商談」は、どういう単位で作っていますか?
赤信号:「担当者に任せています」「1社1商談にまとめています」
問3(商談の粒度)新規・アップセル・更新を分けて、勝率を見ていますか?
赤信号:「全部まとめて勝率を出しています」
問4(商談の粒度・お金の形)商談の金額は、年額ですか、総額ですか? 初期費用は含みますか?
赤信号:「担当者によって違います」
問5(お金の形)先月の新規・拡大・縮小・解約の内訳を、すぐに出せますか?
赤信号:「解約は別のスプレッドシートにあります」
問6(時間)先月末時点のパイプラインを、今から再現できますか?
赤信号:「月末にExcelに貼り付けている人がいます」(担当者に依存している)
問7(時間)毎月「来月受注予定」のまま、残り続けている商談はありますか?
赤信号:「あると思いますが、数はわかりません」
問8(原因と結果)施策ごとの「貢献した受注額」を足すと、実際の受注総額と一致しますか?
赤信号:「足したことがありません」
問9(指標の定義)営業の「ヨミ」と、経営企画の着地見込みは、同じ定義ですか?
赤信号:「営業のヨミに、経営企画が掛け目をかけて使っています」
問10(指標の定義)「受注率」の計算式を一文で言えますか? 定義を変えてよいのは誰ですか?
赤信号:「レポートを作った人に聞かないとわかりません」

×がついた論点は、次の順番で手をつけると手戻りが少なくなります。

STEP 1
戻れないものから

問6が×なら、何より先に週次スナップショットを撮り始める。写真は過去にさかのぼって撮れない

↓
STEP 2
次に分母

論点2(商談の粒度)と論点6(指標の定義)を直す。分母がぶれていると、ほかを直しても数字の意味が定まらない

↓
STEP 3
最後にそれ以外

論点1・4・5を直す。ただし解約が記録されていない場合は、ARRそのものが信用できないので優先度を上げる

よくある質問

6つの論点を全部直すのに、どれくらいかかりますか
全部を一度に直す必要はありません。まず週次スナップショットを撮り始め、次に重要な指標を10個まで選んで定義書を書く、という順番なら、日々の営業を止めずに進められます。項目の追加や入力ルールの変更は、商談の粒度の定義が決まってからのほうが手戻りが少なくなります
SFAを入れ替えれば解決しますか
数え方が決まっていない状態で入れ替えても、同じずれが新しいツールに引き継がれます。入れ替えを検討する場合も、先に6つの論点の定義を決めておくと、移行の要件がそのまま決まります
AIに分析させれば、定義を決めなくても済みませんか
逆です。定義が決まっていないと、AIは質問のたびに違う計算式で答えます。指標の定義書を、AIにも読める形(表など)で持っておくことが、AIに正しい数字を出させる前提になります
受注額を月ごとの売上に直すところまで、SFAでやるべきですか
月ごとの売上への按分・計上は、経理・経営企画側の領域です。SFA側の役割は、その変換に必要な材料(開始日・期間・年額・一時的か継続か)を正しく揃えて渡せる状態にすることだと考えています

テーブル設計そのものの考え方(概念設計・論理設計・物理設計・分析活用)はデータ構造理解の4層モデル、SFAの項目やステージの実装はCRM/SFA設計・運用の実務で扱っています。

問い

直近の営業会議で、「その数字はどこから出したのか」という議論は起きなかったでしょうか。起きていたなら、それは誰かの集計ミスではなく、6つの論点のどこかで「数え方の合意」がまだ決まっていないだけかもしれません。

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